阿寒湖畔でひと針ひと針。
心を込めてテケカラペ ー手仕事ー。
阿寒湖温泉街のアイヌコタン。その中の1軒「チニタ民芸店」に、今日も西田さんが座っています。作品の製作中は、お店に座っている間も刺しゅうの手を休めません。20歳で嫁ぎ、23歳の頃、夫のお母さんに店で販売するタマンプシ(鉢巻き)の刺しゅうを手伝って欲しいと言われ、初めて針を持った日からもう40年近くが経ちました。
誰かの手仕事を見ると、その思いに胸が詰まります。
「義母が、上手上手とほめてくれるものだから、その気になって義母の文様を真似ては刺しゅうをしていました。でも、義母はだんだんお手本を渡してくれなくなったんです。そして自分で文様を描きなさい、と。そう言われて自分なりの文様を描き始めました」。そうほほ笑む西田さん。そして、阿寒アイヌ民族文化保存会の指導者として有名だった、近所の小鳥サワさんにも教えてもらううち、西田さんはどんどんアイヌ刺しゅうに魅せられていったのです。アイヌ文様は、ゆるやかな曲線を描いた「モレウ」と、棘を模した「アイウシ」、そして角を模した「キラウ」の3種の組み合わせでできています。そしてこのアイヌ文様を着物に刺しゅうすることで、魔除けとしています。
「そうやってアイヌの女性たちは、愛する人のために文様入りの着物を作っていたのですね。昔のアイヌは針や糸、布を手に入れるにも大変な苦労をしたのです。ですから古い着物には、小さな布をていねいにつなぎ合わせて作ったものもよくあり、私はそういう手仕事を見ると、作った人の思いがひしひしと伝わってきて胸が詰まります」。
オリジナル文様を描く時、色彩の先生は自然。
西田さんの著作に、自らの刺しゅう作品写真集「西田香代子のテケカラペ」があります。のれんやタペストリー、巾着やタマンプシ(鉢巻き)などのオリジナル作品のほか、博物館所蔵の古い着物の復元作品もあり、いずれも四季折々の風景の中で撮影された美しきページばかり。そこからは、極められた芸術性はもちろん、文様の持つ力強さや優しさ、さらにはアイヌの人びとが伝えた悠久の思いまでもが伝わってきます。
西田さんにアイヌの心と刺しゅうを教えてくれた義母さんや近所の小鳥サワさんは、この数年に相次いでカムイモシリ(神の国)へと旅立ちました。西田さんが、刺しゅうとともに歩んだこれまでの年月を振り返る時。あの遠い日に「手がきれい」「刺しゅうも上手」とほめては導いてくれたハポ(母)やフチ(おばあさん)たちの面影が必ず浮かんできます。だから西田さんが刺しゅうを語る時は、目にうっすらと涙が浮かぶのです。
西田 香代子さん