創作し、旅路を走り、
そして家族を愛する。木彫家の素顔。
木彫家の工房を訪ねると、まっさきに迎えてくれるもの。
それは爽やかなクスノキの香りと、ビルトインガレージ(※)に堂々と立つ巨大なバイク。藤戸竹喜は創作が一段落すると、ハーレー・ダビッドソンやルバコなど、千ccを越す大型バイクを駆って好きな道を走る。
その時だけは、芸術家ではなく「ただのバイク乗り」だという。徹底した写実性と、精緻な刀致で森の生きものたちを創造してきた巨匠は、意外な素顔を持っていた。
時には自分を解放する。
大型バイクでゆったりと行く。
懸命に熊を彫り続けていた二十歳ころ、当時の若者がそうだったように藤戸青年もハーレー・ダビッドソンに憧れた。時を経て26年後、46歳の時観光客らが乗る大型バイクに感化され、若き日の夢が再燃。藤戸さんはハーレー・ダビッドソンを手に入れ、年に1回バイクで旅に出たり、日帰りで道東の道を走るようになった。
「太いエンジン音を聞きながら走っている時、頭の中は『無』だよ。風景を楽しみながら、ひたすら自由に走る。コーナリングも楽しいね」と、藤戸さんが喜々として話す。旅先では同じバイク乗りと気さくに話し、職業を問われたら「熊彫り職人だよ」と笑って答えるという。ハーレー・ダビッドソン、アメリカのヴィンテージバイク・インディアン、そしてドイツのルバコ。3台の大型バイクは藤戸さんの大切な相棒だ。「よく働き、よく遊び、そして家族を大切にする。これが私の生き方」。存分に走ってくると気分は爽快。そして、その気分のまま再び自分を追いつめる創作の日々へと入ってゆくのだ。
ただ1人の人のために創作した作品は、
思いを込めた贈り物。
昨日でき上がったという「トゥプカムイ(ふたつの神様)」という、フクロウと熊を描いた作品。裏には「しげこにおくる 藤戸竹喜作 18-22」の文字がある。これは結婚して46年目の奥様に、藤戸さんが感謝を込めて彫り抜いたものであった。「今朝、『あなたのために作ったよ』と言って見せたら、驚いて、喜んでいたねぇ」。そう話す藤戸さんも破顔している。「18-22」の数字は夫婦二人の誕生日にちなんだ数字だという。
60年以上創作を続けてきた木彫家が、初めてたった1人の人のために創作した作品。木彫家は、愛しき人への思いも、一刀一刀に込めていた。
1934年 | 旭川に生まれる。 |
1969年 | 阿寒湖の故前田正次翁の樹霊観音像を完成。 |
1971年 | レーニン誕生百年記念の為レーニン胸像制作、招待を受け訪ソ、 レーニン博物館に贈呈。 |
1983年 | 英国のエジンパラ公に「怒り熊」贈呈。 |
1984年 | 皇太子ご夫妻に阿寒町からの献上品として 「丹頂鶴レリーフ」贈呈。 |
1989年 | 井上靖作「敦煌」の主人公「行徳立像」制作。 |
1989年 | 旭川優佳良織工芸館の依頼を受け「狩をする10人のエカシ達」制作。 |
1999〜 2000年 |
ワシントンのスミソニアン博物館作品展示。 |
アイヌコタンにある店舗「民芸品・熊の家」〈電話:0154(67)2503〉では、お土産品のほか作品も見ることができる。