阿寒湖・サロマ湖・網走湖・支笏湖・屈斜路湖
鶴雅グループの館はいずれも、
森や湖がある自然のもとに立地しています。
森は水を抱く懐。そして森の地中深く眠る水が長い旅をして
地上にたたえられる、その水辺は生命のゆりかごです。
鶴雅の館を包むそれぞれの湖が、どのようにひとを癒し、
どのように命を育んでいるのか…。その素顔をご紹介いたします。
阿寒湖
いにしえの探検家も見た絶景を
観光遊覧船でゆったりと。
阿寒湖の東岸側には、湖の祖とも言える雄阿寒岳がそびえ、周囲はエゾマツやトドマツなどの亜高山帯針葉樹林や広葉樹を交えた針広混交林の深い森に囲まれています。天然記念物のマリモやヒメマスなどが生息する湖には、大島、小島、チュウルイ島、ヤイタイ島の4つの島があります。未開の地だった阿寒湖周辺に初めて足を踏み入れた和人は、幕末から明治にかけて活躍した探検家、松浦武四郎だといわれています。安政5年(1858年)の旧暦3月、武四郎はアイヌの案内人を共に阿寒湖を訪れ、小舟に乗って4島をめぐり、滝口付近も探索したと「久摺(くすり)日誌」に書き記しています。魚が多く、雄阿寒岳をいただく景観は秀麗…。そのように武四郎が残した言葉を実感できる観光メニューが阿寒湖にはあります。それは阿寒湖の観光遊覧船。昭和30年代から続く阿寒湖遊覧船は、チュウルイ島のマリモ展示観察センターを見学し、屈指の景勝ポイントである滝口をめぐります。四季折々の色彩を堪能しながら楽しむ、約85分の阿寒湖1周クルージングは、阿寒湖を代表するレジャーです。
[阿寒湖のプロフィール]
サロマ湖
大きく美味なホタテ貝を育む
おおらかで栄養豊かな湖。
サロマ湖の面積は約152m2。北海道で1番、日本では3番目に大きく、汽水湖としては日本最大の湖です。海と湖を仕切る細長い砂嘴(さし)は長さ約25kmにもなり、多彩な植物が生息する北海道遺産の「ワッカ原生花園」となっています。流氷が運ぶ栄養のおかげでオホーツクの海は海産資源が多く、その滋養豊かな海水が混じるサロマ湖では、養殖のホタテやカキを代表に、天然のホッカイシマエビやカレイなども水揚げされています。特に北海道でのホタテ貝養殖はサロマ湖が発祥。昭和10年ころに初めて試され、冬の水温環境などさまざまな課題を乗り越えながら、試行錯誤の末、昭和30年代の半ばころには地域の代表産業として確立されました。サロマ湖のホタテ貝養殖は、つねに湖内の環境を守ることを念頭に行われています。“大量に養殖すると湖はやせ衰える。だから数は少なくても大きな貝を作ろう”その理想のもと養殖されたサロマ湖のホタテ貝は、肉厚で粒が大きく、まろやかな甘みが特徴です。豊かな水と、漁業生産者たちの思い。その両方によって育まれたホタテ貝は、サロマ湖自慢の恵みです。
[サロマ湖のプロフィール]
網走湖
日本ボート協会公認コースがある
ボートクルーたちの聖地。
網走湖は、ハンノキやミズバショウなどの湿生植物群落が国指定の天然記念物となっており、周辺の林にはアオサギの営巣地があるなど、豊かな自然の息吹を感じられます。また、ヤマトシジミなど養殖漁業もさかんで、たくさんの生命を育んでいます。その網走湖にはさらにもうひとつの顔があります。それはボート競技のメッカという顔。直線20キロメートルを要する網走湖には、日本ボート協会B級公認コース(1000メートルコース・5レーン)があり、平成元年(1989年)の「はまなす国体」では漕艇競技の会場として賑わいました。網走湖のボートコースは評価が高く、例年、各大学が夏季合宿でやってくるほか、日本代表のクルーたちが世界選手権へ臨む前の直前合宿などで訪れています。もちろん地元のボート選手らも、身近な聖地で活動を続けています。昭和35年に創立した網走ボート協会は2011年で50周年を迎え、かつて国体5連覇を成し遂げた網走市役所ボート部や、国体や高校総体で優勝を飾った地元高校のボート部たちの活躍が、「ボート王国網走」「ボート競技のメッカ網走湖」の名を築いてきたのです。
[網走湖のプロフィール]
支笏湖
日本で二番目に深い湖に、
日本一清らかな水がたたえられ。
支笏湖の名前は、アイヌ語で大きな窪地を意味する「シ・コッ」が由来しているといわれています。支笏湖の大きな特徴は水深がとても深いこと。その平均水深は263メートルで、これは秋田県の田沢湖に次いで日本第二位。面積は日本で8番目の広さですが、水深が深いため貯水量は日本一の琵琶湖に次いで第二位で、琵琶湖の貯水量の3/4にも達しますが、面積は琵琶湖の1/9に過ぎません。冬季は湖の深部に温かな水が残るため結氷しにくい湖ですが、低温日が続くと結氷する年があります。透明度が高いことも大きな特徴で、同じひがし北海道の摩周湖やロシアのバイカル湖にも並ぶ透明度を誇ります。その清らかな水は名高く、近年の水質調査で全国NO1に認定されています。このような湖は貧栄養湖と呼ばれ、生息できる魚の量も限られていますが、支笏湖には、かつて阿寒湖から移入されたヒメマス(チップ)が生息しています。支笏湖の低温で清らかな水質がヒメマスの生育環境に合ったため、釣りやご当地料理においてヒメマス(チップ)が支笏湖を代表する名物となるまでに根付いたのでした。
[支笏湖のプロフィール]
屈斜路湖
鮮やかコバルトブルーの大湖を
4つの峠から展望比べ。
世界最大級にして日本一大きな屈斜路カルデラに、どっしりと横たわる湖。それが屈斜路湖です。湖の中央に浮かぶ緑豊かな中島は、周囲12キロメートル、面積5.7平方メートルと大きく、淡水湖では日本一大きな無人島です。冬季結氷すると、氷が隆起する御神渡り(おみわたり)現象が延々10キロ以上も現れ、その規模は元祖である諏訪湖の御神渡りをもしのぐダイナミックさです。 屈斜路湖の湖水は独特なコバルトブルーで、よく「屈斜路ブルー」と表現されます。これは1938年に起こった湖底噴火で水質が酸性化したことと、湖岸に湧く温泉成分の微粒子が湖水に溶け込んでいるためであろうと考えられています。湖底噴火により1度は魚の棲めない湖となりましたが、近年では放流されたニジマスやアメマスの元気な様子が確認されています。また屈斜路湖は、その姿を望む峠が4つもあることでも有名です。代表的な美幌峠に、屈斜路湖を北側から見下ろす小清水峠、そして野上峠と津別峠。それぞれに違った趣で屈斜路ブルーを見せてくれます。
[屈斜路湖のプロフィール]
豊平川
夏は名物「イカダ下り」で
賑わう札幌市民母なる川。
豊平川は札幌市民の母なる川。札幌市街を流れる石狩川水系石狩川支流の一級河川です。その源は札幌市と千歳市の境目にある小漁岳。そこから北へ72キロ続いています。定山渓温泉は、豊平川上流部の川岸に生まれた温泉街です。その温泉は豊平川の川底から湧いており、幕末期には探検家の松浦武四郎がこの川の中に湧く温泉に入ったという記録もあります。温泉街の上流域は渓谷美が見事で、「かっぱ淵」や「二見岩」などの名所があるほか、温泉街下流にも「白糸の滝」「舞鶴の瀞(とろ)」などの景勝地があります。 また、豊平川といえば、1975年から続く、「サッポロ豊平川イカダ下り」という夏のイベントが有名です。2011年の「第37回 サッポロ豊平川イカダ下り」は7月17日(日)に開催されました。例年50チーム近いイカダやチューブがユニークな装いで札幌市街地の豊平川を流れ、時には座礁やクラッシュがあるのもご愛きょう。参加者が競い合う思い思いの仮装でも観客たちを大いに喜ばせてくれます。参加者も見学者も楽しい、札幌市の夏の風物詩です。
[豊平川のプロフィール]